ショー・ラパン ジップロック を含む記事

October 28, 2009

秋雨の朝 〜さよならヒメさん〜

10月25日早朝、我が愛猫ヒメが逝去。
およそ16歳と8カ月。猫にしては結構長生きな方だったとは思う。

そういえば具体的なヒメの近況は、去年の夏頃で終わっていたのだったな、と
イマサラに思い出す。

昨年二月に右下顎の扁平上皮癌を発症したとされていたヒメ

「早ければ余命数カ月」と宣告されたのだが、なんだかんだと関係者一同の
首を大きく傾げさせながら1年と8カ月。

実際にひどく衰弱することが何度もあって、主治医のドクターTは
ターミナルケア宣言を何度も繰り返した。
その度にワタシも覚悟を決めて、友人知人に「もう長くない」と嘆き続けたが
呆れたことにこの猫、毎度見事な復活を遂げてしまう。
オオカミ少年ならぬ化け猫ヒメ。

ワタシの周囲の人々も、ひょっとしたらワタシが大げさに騒いでいるだけだと
思っていたかもしれない。
オオカミが来たぞ、ヒメさんが死んじゃうぞ・・・てなもんだ。
でもね、ホントに数多の死線を踏み越えていた感があるのですよ嗚呼。

実は去年の夏の記事のちょっと後に、乳癌まで見つかっていたのだった。
でもごく初期だったこともあって、右側乳腺の全摘出手術後の経過は良好。
こっちは無事に収まって復活。一年再発なし、だった。

しかし昨年末、謎と成り果てた顎の腫瘍が時限爆弾のように暴れだす。
もう明らかに進行の早い癌とは違うものだが、腫瘍は腫瘍なので進行すれば
口内が化膿してひどく痛むし、顎の骨はじわじわと解け崩れていくのだ。

正直言って、去年の年の瀬は「一体年が越えられるのか?」と危ぶまれる程の
衰弱ぶりだった。
「せめて一緒にお正月を迎えたい」と必死に願っていたっけよ。

願いどおり何とか持ちこたえたヨレヨレのヒメさんを、年明け開院した病院に
担ぎ込み、点滴に痛み止めに・・・としていたら、あらびっくり食欲復活。

しかし、寒い間の体調は実に不安定で、ああこのまま春を待たずに逝くか・・・
嗚呼ヒメにもう一度、春の陽射しと桜の花を見せてやりたい・・・と願いつつ
嘆く日々。
去年の桜はドクターTの紹介で行った某大学病院に通う、その道すがら
一緒に眺めたっっけな。
あの頃に既に、もういつ逝ってもおかしくなかったのだから年を越せただけ
素晴らしいことではないか、と自分を慰めたが・・・

春の陽射し、堪能できました。
桜も外から失敬してきたのを見せてやった。
桜には特別な感興を覚えなかったらしいが、春の陽射しには目を細めて
とても嬉しそうだった。よかったね、ヒメ。

「どうしてまた元気になっちゃったか、聞かないでね。ワカンナイから」とは
ドクターTの言。
「もういいです。ワタシもよくワカンナイし」

しかし下顎の腫瘍は着々とヒメの顎を蝕み、血と膿の混じった涎は止まらず。
顎が文字通り崩壊していくのを見守る初夏から夏。

「ヒメ、もうすぐ夏だよ。蝉の季節になるよ。また蝉を取ってきてよ」と
と嘘でも夢でもいいからヤケクソ気味に励ましつつ時は夏になる。
「そうだよヒメ、また蝉を取ろうな!」と一緒に励ましてくれるドクターTも
ホントにただ励ましてただけで、まるっきり信じちゃあいなかったはずだ。

蝉、取ってきました。
顎半壊して流動食だったのにな。
二回だけとはいえ、明け方に胸を張って起こしに来た。
いやあ、何度も驚いたけど大した子だ。
「でた、ヒメミラクル。さすがだなあ」と、普通に喜んでくれるドクターT。
とりあえずもうすでに、獣医学常識を超えた話ではあったらしい。

でもやはり食は細りゆく。
缶詰の汁くらいしか受け付けなくなったヒメ。
夏本番、諦めとともに「ああもう一度でいいから、大好きなものをしっかりと
食べて喜ぶ姿を見られたら・・・」と見果てぬ夢を見ていた。

ええと、それで、ほんの数週間だが、サンマの刺身だの高級ドイツ製猫缶だの
チキンのジップロック蒸し(ショー・ラパンの鈴木シェフ直伝)だのを、
まあグニャグニャのニチャニチャに牛乳で溶き伸ばしたようなもんとはいえ、
結構しっかり喰いまくるくらいの回復をアレレのレと見せてくれましたよ。

「もう驚かないからオレ」とドクターT。

ああもうなんでもいいから、食べられるなら食べてちょうだい・・・と
我が家の夕食は一時期毎晩、ヒメの食べ残したサンマとアジとイワシ。
オットだけは大喜びである。
鯛や鮪に特別な喜びを覚えない、青魚ラヴな猫とその家族。
チープな庶民のヨロコビを誰ぞ知る。

そして我が家の冷やし中華には、常時スタンバイしているヒメさん用の
ジップロック茹でチキンがバンバン豪勢に載った夏。
どうもヒメさんの好きなのは、茹でたてよりは一晩くらい冷蔵庫で茹で汁ごと
寝かせたチキンだが、二日経つと蹴られるから人間が古い方を食べてたのだ。
冷やし中華ラヴなオット、大喜びではあったが。

桜木町駅前の高級牛肉店『尾島』の店員さんは、一日か二日置きに現れては
鶏モモ肉を一枚だけ買い求める怪しいオンナをさぞ不審に思ったことだろう。
さすがに気が咎めてきて、チャーシューなんか買ってみたら旨かったが。
何故かよくわかんないんだけど、ヒメさんがこの店の鶏は特に喜んで食べる
ような気がしたし、そもそも一枚だけで買えるから安上がりでもあった。
この店、いいです。オススメ。
安い店じゃないけど、少量買いには案外オトクだったりする。
きっと人によってはツッコミが入るだろうから敢えて言っとくと(地元ブログ
だからね)吉田町の梅屋の国産鶏より好評だった。
ヒメさんには、ということだが。

青魚と茹で鶏の夏を越え、ひっそりと秋風が立ちはじめるころに、さすがの
化け猫ヒメの顎も限界にきたらしい。
実際、物理的にほとんど下顎がない状態をイメージしつつものを食べてみたら
一体全体いままで、どうやって食べてたのか不思議なくらいだったから
これは無理もない。
しかもひどい歯肉炎で化膿した口だから、体調次第じゃ痛みもかなりのもの。
ああ、限界か。このまま弱って逝ってももう仕方がない、と思った。

しかし、ヒメさんの食欲だけは衰えず。
激しく啼いて啼いて「なにかちょうだいよう」と訴え続けた挙句、
ゴミ箱を引っくり返し、テーブルの皿を引きずり落とし、ワタシがなにか
食べている間中、膝にしがみついて離れない。
崩壊した顎を餌皿に押し付けて、死に物狂いで猫缶の絞り汁を啜ろうとするが
しょせんそれでは飢餓感は解消されない様子。
末期の病の身だから多少の狼藉は許すにしても、切羽詰ったような飢え方が
あまりに痛々しい。

ドクターTと話し合って、ついに胃チューブを装着した。
人間都合の延命はさておき、緩慢な餓死だけは何とか避けてやりたい。
全快も半快もとうに諦めたが、とにかくこの「ウルトラハラヘリ状態」が
緩和されればよい、と思った。
普通食べられなくなれば、素直に弱って逝くのが老猫というものらしいし、
ドクターTだって「本来胃ろうチューブは回復の見込みのある子以外には
付けたくない」という方針の人なのだが、ここまで激しい食欲をみせるなら
単に放っておくのは可哀想だ、という結論に二人話し合って達したのだった。

下腹にぐるぐる包帯を巻いた姿は、その姿が元武闘派ヒメさんだけに妙に
ガラが悪くて、包丁ならぬ胃チューブ一本サラシに巻いて〜、な姿になった。
この姿で外に遊びに出ていくのだから、近所の人たちはさぞかしぎょっとした
ことだろう。

せめてもう一度だけでも、クチから少しは形のあるものを食べられたら・・・
とは思ったが、物理的に無理なんだもの、しょうがないよ、と諦めていると・・・

チューブ装着後、何故か突如として食べはじめた化け猫ヒメ。
10日くらいでギヴアップになったけれど、一時期はチューブ無しでもいいかと思えるくらいの量をしっかり食べていた。
この猫は医学どころか物理の常識をも越えたのであろう。
ううむ。

そんなこんなで、胃ろうチューブ装着から1カ月。
ヒメは寝たきりでほとんど動かなくなる。
外にもまったく出なくなっていた。

一応モノはためしだから「もう一度でいいから外の陽射しを浴びて、のんびり
散歩でもできればいいのに」となんちゃってひっそり願ってはみて・・・

散歩、した。
もうこれはいよいよ・・・と覚悟を決めていたある昼下がり、ヤケに気分良さげに
起きだしてきて、スタスタ遊びに行って5時間半。
外は真っ暗だ。この頃は顎の化膿が目にも悪さをしていたというのに嗚呼・・・。

「重病の老猫。下顎なし。胃ろうチューブを付け、下腹に包帯を巻いてます」

という「迷い猫」のチラシ文面を想像して、心配も心配だがかなりぐったりした
気分になっていたら「お腹すいたわあ」とか言いながら帰ってきおった。
やれやれ。

そして1週間。
急に脚がへたってほとんど動けなくなる。

ついに神様はうっかり放置していた非常識な存在に気づいたらしい。
いや、世の摂理を越えるほどの意志を感じてちょびっと大目に見ていたけれど
「モウイイデハナイカ」と思われたのかもしれん。

ヒメはとうとう昏睡状態に陥って、どうも今度こそもうこれでオワリだが
心の底で「もう一度だけ立って歩けないかなあ」と願ってはみたのだ。
なにしろヒメが最後に歩いたのは、この日の夕方行った病院の診療台の上。
それはちょっぴり悲しいではないか。

そんなことを思いつつ、しばらく寝かせていたベッドルームから離れて気になることを調べに電話をかけたりしていたら「ぉかぁさぁん」と細くかすれた
声にならぬ声が聞こえた。

まさかもう化けたか?!(・・・まだちょっと早いだろ)
いや、末期の魂の叫び??!!(「岡、エースを狙え!」的なやつですね)

慌ててベッドルームに駆け戻ろうと振り向いたら、ヒメが部屋の入口にいた。
霊じゃなくて、本猫が。
昏睡状態じゃなかったっけ、どうしたと言うのだオマエ?

「あ、そうか。トイレか?」と思ったワタシだった。
トイレに運んでやったら、なんだかムッと来たような表情を浮かべて、
立たない脚で這いつくばるような姿で、コロンと一個白玉団子大のモノを
一応律儀に出したヒメ。
あまりに形よいモノだったので、捨てるのがためらわれるほど。
捨てましたがね。
乾燥させてペンダントヘッドに、とか絶対考えてないから!

抱き上げてベッドに運んで、今度こそもう余計な事は願わないことにした。

もういいよ。
十分がんばったよ。
おまえはほんとうに素晴らしいよ。
ワタシはおまえを誇りに思う。
だから、もうゆっくり寝なさい。

もうこれでゆっくりと静かに眠れますように、と、これが最後の願い。
ボクシングでタオルを投げるセコンドの心境って、こんなものだろうか?
え、違う??

そういえば深夜もイイカゲン過ぎたので、ワタシも寝ることにした。
数時間後隣のベッドに居ないので焦って起き上がろうとしたら、
ワタシの脇腹辺りに移動してきていて、そのしばらく後に目を覚まして
様子をみたら呼吸が次第に浅くなっているのがわかる。
たぶん早朝には息を引き取ったのだと思う。

穏やかな安らかな顔。
今にもあくびをしてひょいと手足を伸ばしそうな姿だった。

どうやらようやく深い眠りにつけたらしい。
1年8カ月の闘病生活、ついに終了である。
ふう。

長いだらだらしたこんな話を、とりあえず読んでくださった方には
心から御礼を申し上げます。
で、ものはついでなんで、ちょいとヒメの冥福を祈ってやってくださいまし。

ヒメさんと、そしてお気持ちを向けてくださったすべての皆様に感謝します。


追伸:
そんなこんなでブログは暫し休止状態だけれど、落ち着いたら再開するので
また遊びに来てください。


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逝く前の日に届いて、結局まだ箱も開けてないペット用ミニこたつ。



ヒメが最後にかなり喜んで食べてた高栄養フード。



ヒメさん愛用、パソコンUSBが電源のホットクッション。これいいよ。

arima0831 at 00:01|PermalinkComments(28)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote