高倉健

June 16, 2006

ピザを食べつつ『緋牡丹博徒』〜だらだら雑感〜

相も変わらず、渋り続ける左肩。
お腹は空いたが、外は雨降り。

雨さえなければ『KIKUYA』に這っていって、ビーフシチューを食べたいなあ、
と思うがこれでは身動きとれない。
「豚足・・・」という呟きは、雨音に紛れて空しく消えていく。

雨脚は強い。最悪の「コンビニ」もNGだ、これじゃ。

自分で料理しろよ、といわれそうだけど、その元気もないわけですよ。
しかも、料理したら「洗い物」が出るじゃないか。
わたし、作るのはいいけど、片付けが嫌いなんです。
両手元気でもいやなもんが、片手でやれるわきゃあないのですね。

甘えんな?
いえ、はあ、結局甘えました・・・こういうときは、

宅配ピザのドミノ・ピザ
これに頼ろう。
今ならネット注文すると、いりもしないコカコーラまでついてくる。

久しぶりに飲んだら、カイロの味がした。
そう、コーラって、なぜかカイロの炎天下でだけは、不可思議なほど美味しく感じるの。
ピラミッド級の謎。

PC叩いて30分もすると、ピンポ〜ン、と来るのが、なんだか面白い。
星新一の「近未来SF」ぽい気分(違うか)。

気分直しに、健さんのお顔でも・・・と、TSUTAYAで借りてあった『緋牡丹博徒』
を取り出す。

一度観たのは、高校生の時。
場所がまた「新宿昭和館」ときた。
目立つミッションスクールの制服着たまんまだし・・・薄気味悪い女子高生だ、
と、われながら思う。
でも本人、自分でやってることに何も疑問を感じてなかったから怖いもんです。
単に、自分が観たい映画を上映しているところに観にいった、
と、それだけだったけど、これを「世間知らず」っていうのだろうな。

そのときは「健さんて、ステキ」と、それだけだったが、20年余を経て改めて見ると驚愕の事実が次々と!!!

なんとお龍さんは「熊本県球磨郡五木村」のお生まれで「人吉の大きな布団屋」に嫁ぐことになっておったと?!

うっそー、ダンナの実家(山江村)の隣村じゃん!
人吉・・・当時は結構立派な町だったのだろうなあ。

山江村出身者に嫁いだワタシは、一応「球磨弁特訓」を年に数回オノレに課しているので、当時はなんとも思わなかった藤純子の「変な熊本弁」が耳についてたまらんのだった。

お龍さん、あんたの球磨弁ば、おかしかよ・・・。
そげん鼻から抜けんがごと音ば、出さんばい・・・。

こういう方言のアクセントって、妙だと実にむずかゆくなるもんだ。
あと、熊本弁て言うのもなかなか多彩で、熊本市内、山間部(五木とか山江とかですね)、海のほう(天草とか)で、語彙まで違う。

ちなみに、ヒロシは荒尾というところの出身で、市内近郊育ちの甥に言わせると
「結構暗めなタイプ」の熊本弁、だそうで・・・なるほどねえ。

『鉄道員(ぽっぽや)』の広末涼子の北海道弁聞いたときも、全身痒くなったな。
北海道の山奥の鉄道員の娘が、あんな山の手のお嬢さんみたいな細くて甲高い声の出し方、しません!(あの映画は、健さんの「出発、進行!」だけ見られればそれで良かった)。

女優さんて、標準語に発声を直されてしまうせいだか、声の出し方やリズムがどうしても「東京風」になってしまうのね。
こういうのは、今も昔も変わんないなあ、と、しみじみむずむずと思う。

と、どうでもいいことばかり考えながら、若かりし日の健さんにうっとりする。

顔はまだ若いけど、姿の良さときたらたまんないですね。
特に、着流し後姿で、軽く斜めに首を向けるところ・・・くぅぅぅぅっ!!
後姿の決まる人って、いいなあ。

と、ピザを齧りつつストレス解消をした夜でした。


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健さ〜ん・・・




意外と便利。出不精なアナタへ。


緋牡丹博徒


arima0831 at 08:23|PermalinkComments(6)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック